■ ビフォー
「お母さんのペースで進めないで」
そう言われたとき、
頭の中は一瞬でいっぱいになりました。
私は家族のために動いていたのに。
回るように考えていただけなのに。
でも夫も同じ顔をしていたから、
「私が間違っているのかもしれない」
「気づかないうちに疎まれていたのかも」
そんな言葉がぐるぐるしていました。
■ セッションの中で起きたこと
話しているうちに見えてきたのは、
「家族を回そうとしていた私」と
「自分のペースを持っている家族」が
混ざっていたことでした。
正しい・間違いではなく、
役割を一人で背負っていただけだった。
そのとき初めて、
「ああ、私は頑張っていたんだ」
と思えました。
■ アフター
問題が解決したわけではありません。
でも、
- 私が悪い、という感じが薄れた
- 家族は敵じゃないと思えた
- 全部を回さなくていいと気づいた
それだけで、
胸の力が抜けました。
私は、
自分を責める位置から
状況を見られる位置に戻っていました。
👉
そら音処の時間は、
答えを出す場所ではありません。
自分を責める場所から、
自分の位置に戻るための時間です。