「続けるか、諦めるか」の間にあったもの― 人生テーマ(核語)というレンズで、自分の選択を見つける ―

私には、長く続けているものがあります。

子どもが保育園に通っていた頃に始めた、ママさんバレーボールです。

ソフトバレーボールで、強くなることよりも、みんなで身体を動かすことを楽しむチーム。

メンバーは少しずつ減っていきましたが、今も同じ顔ぶれで続けています。

教師をしていた頃から、金曜日の夜は、私にとって特別な時間でした。

忙しい一週間の終わりに、

「今日はバレーの日だ」

と思うだけで、もうひと頑張りできる。

そんなふうに、長い間、私の暮らしを支えてくれた時間でした。

大好きなのに、続けられない

ところが一年ほど前から、利き腕の右肩に強い痛みが出るようになりました。

カフェの仕事で腕を使いすぎたのか。
年齢によるものなのか。

原因は一つではなかったのかもしれません。

最初は、サーブが打てなくなりました。

次に、アタック。

ブロックもできなくなり、

とうとう、反射的に右腕一本でレシーブしただけで、痛みにうずくまることもありました。

身体が思うように動かない。

それでも、ゲームが始まればボールを追ってしまう。

そしてあるとき、自分の右側にボールを落とした仲間に対して、

「この人、小さい人だなぁ💢」

と思っている自分に気づきました。

ずっと一緒にバレーボールをしてきた、大切な仲間です。

相手は、いつもどおりゲームをしているだけ。

それなのに、そんなふうに思ってしまう。

身体もしんどい。
心にも余裕がなくなっている。

もう、辞めたほうがいいのかな。

そう思うようになりました。

「続ける」「辞める」だけではなく

ちょうどその頃、私の中に、一つの人生テーマが立ち上がってきていました。

誰も、何も、小さくしない世界を、
自分の選択でつくる。

人生テーマは、目標でも、守らなければならない決まりでもありません。

私にとっては、

迷ったときに、自分の中にあるものを見るための「レンズ」

のようなものです。

そこで私は、バレーボールのことも、このレンズを通して見てみることにしました。

私は今、何を小さくしたくないんだろう。

そうやって見てみると、「バレーボールを続けたい」という一言の中に、いろいろなものがありました。

身体を動かすことが好き。

バレーボールも好き。

金曜日の夜を楽しみにしている自分もいる。

そして何より、長い間一緒にやってきたこの人たちと、これからも一緒にいたい。

でも同時に、

痛いものは、痛い。

これ以上、身体に無理をさせたくない。

その気持ちも、小さくしたくありませんでした。

そのときの私に合った答え

そうして出てきたのが、

「バレーボールはしない。でも、この人たちとは一緒に過ごす」

という選択でした。

練習では、無理のない範囲で軽いパスをする。

ゲームが始まったら、私は得点係になる。

それまでの私には、

「痛くても続ける」

か、

「バレーボールを辞める」

しか見えていませんでした。

でも、自分が大切にしているものを一つずつ見ていくと、そのどちらでもない選択がありました。

答えは、一度決めたら終わりではない

それから私は、日常でも肩甲骨から腕を動かすことを意識したり、痛みの出にくい角度を身体に覚えさせたり、ときどき整体に行ったりしながら過ごしてきました。

そして今。

私はまた、ゲームに入っています。

ただし、以前と同じやり方ではありません。

サーブは下から打つ。

ブロックは左手だけ上げる。

アタックも左手で。

右腕だけで取るレシーブは、角度が悪ければ追わない。

最近は右腕の調子もずいぶんよくなり、できることも少しずつ増えてきました。

でも、

「元どおりにできるようになったから、よかった」

という話ではないのだと思います。

身体の状態が変われば、また選び直す。

できることが増えれば、そのときの自分に合うやり方を探す。

反対に、また痛みが強くなれば、そこで調整する。

一度見つけた答えを「これが正解」と握りしめるのではなく、

今の自分と、今の現実を見ながら、何度でも調律していく。

それも、セルフチューニングなのだと思います。

人生テーマ(核語)は、自分を見るためのレンズ

迷っているとき、私たちはつい、

「続けるか、辞めるか」

「やるか、やらないか」

「我慢するか、自分を優先するか」

と、見えている選択肢の中から答えを出そうとします。

けれど、その前に、

私は、本当は何を大切にしているんだろう。

と、自分の中を見てみる。

すると、一つの選択肢の奥に隠れていた、いくつもの大切なものが見えてくることがあります。

人生テーマは、そのときに使える一つのレンズです。

「この言葉どおりに生きなければ」と、自分を縛るためのものではありません。

自分でもまだ気づいていない大切なものを見つけ、自分の選択に戻ってくるためのもの。

私の場合は、

誰も、何も、小さくしない世界を、
自分の選択でつくる。

というレンズを通したことで、

バレーボールも、仲間との時間も、痛がっている身体も、

どれかをなかったことにして答えを出さなくていいことに気づきました。

そして、

「今の私なら、どうする?」

と、自分に合う選択をつくることができました。

もし今、

「やりたい。でも……」

「続けたい。でも……」

の間で立ち止まっていることがあるなら、

まだ見えていないものが、あなたの中にもあるのかもしれません。

そら音処では、そうした自分の内側を一緒に見ながら、自分でチューニングしていけるようになるための伴走をしています。

初回相談では、まず、今どんなことで立ち止まっているのか、お話を聞かせていただくところから始めます。

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