「死んだ魚のような目」と言われた日
ある日、息子がこんなことを言いました。
「電車に乗るのが辛い。
死んだ魚みたいな目をした大人ばっかりだから」
正直、ドキッとしました。
きつい言葉だけど、
どこかで「わかる」と思ってしまったんです。
そのときは、
うまく言葉にできなかったけれど、
今なら、少しわかる気がします。
それはきっと、
自分で選んでいない状態。
内側とつながっていない状態。
そんなとき、人の目は
どこか力を失ってしまう。
だから私は今、
感情を整えることや、
自分の内側を言葉にすることを
大切にしています。
それは、
「正しい選択ができるようになるため」
というよりも、
自分で選んでいる感覚を
取り戻すため。
今振り返ると、
あのとき息子が感じ取っていたのは、
「ここ、流れてないよ」という感覚
だったのかもしれません。
私は、
人が自分で選べる状態に戻ることを、
一番大切にしています。
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