「見えていなかった色で見えてくると、世界は少し変わる」-レンズは、外さなくていい―

光は、
違う色を混ぜていったら黒くなる絵の具とは違って

違う色の光を重ねていくと、
白い光に近づいていくそうです。

色を引いたからではなく、
違う色も、そこに加わるから
白くなるのです。

― 経験を重ねると、世界の色が変わる? ―

赤ちゃんの頃って、
世界はどんなふうに見えていたんだろう。

目の前にあるものを見て、
触って、
音を聞いて。

まだ、

「これは危ない」
「これは変」
「これは普通」
「これは無理」

なんていうものはなくて
あるものをそのまま
見て、聞いて、感じていたんだろうな。

もう、
あの頃の見え方に戻ることはできないなあ。

私たちは、生きている間に、
たくさんのことを経験してきたから。

嬉しかったこと。
怖かったこと。
失敗したこと。
褒められたこと。
傷ついたこと。

家族から教わったこと。
学校で覚えたこと。
仕事をする中で身につけたこと。

そうやって少しずつ、

自分なりの「世界を見るレンズ」

が増えていったから。

レンズが増えることは、悪いことじゃない

「こうしたらうまくいった」

「これは危ない」

「こうすると、人とうまくやれる」

そんな経験も、
一枚ずつレンズになっていくのだと思います。

そのレンズが何枚も重なって、
少しずつ、

その人にしかない色

ができていく。

だから、
唯一無二の
その人の「色」で見える。

でも、もし。

いつの間にか、
「もうこの歳だから」
「普通はこうでしょう」
「失敗しない方を選ぼう」
「波風を立てない方がいい」
「これくらいで十分」

そんな色のレンズが
何枚も何枚も重なって、

世界全体が、
その色に見えてしまっていたら・・・。

本当は世界がそうなのか。

それとも、
今の私にはそう見えているのか。

その区別も、
つかなくなっていく。

でも、そのレンズは簡単には外せない

だったら、

「思い込みを外しましょう」
「観念を手放しましょう」
と言えばいいのか。

私は、
そんなに簡単ではないと思っています。

そのレンズは、
その人が長い時間をかけて
生きてきた中でできたものだから。

自分を守ってくれたレンズもある。

人とうまく生きるために
必要だったレンズもある。

今でも大切にしたいものだってある。

だから、

無理に外さなくてもいい。

じゃあ、どうする?

違う色のレンズを、一枚重ねてみる

そら音処には、
いろいろなレンズがあります。

「こうするべき」に気づく、
観念のレンズ。

自分の中のいろんな声を見る、
いろんな声のレンズ。

「正しい?」ではなく
「何があるんだろう?」と見る、
好奇心のレンズ。

今だけではなく、
時間の中で起きてくるものを見る、
時間のレンズ。

今見えている結果だけが
すべてだと決めつけずに見る、
大きな何かを見るレンズ。

今まで使っていたレンズを、
捨てるのではなくて。

ちょっと違う色のレンズを、
一枚重ねてみる。

すると、
「あれ?」
となることがあります。

今まで絶対だと思っていたものが、
「こんな見え方もあるのか」
に変わる。

元のレンズは、
まだそこにあります。

でも、

一つの色だけが、
世界のすべてではなくなる。

色の光は、重なると白くなる

光は、
違う色の光を重ねていくと、
白い光に近づいていきます。

色を消したから、
白くなるのではありません。

違う色も、そこに加わるから。

それを思ったとき、
「ああ、心も少し似ているのかもしれない」
と思いました。

悲しさを消して、
明るい自分になるのではなく。

怖がる自分を消して、
勇敢な自分になるのでもなく。

「こうするべき」を全部捨てて、
自由になるのでもなく。

そこに、
「こんな見方もある」
を増やしていく。

赤もある。
青もある。
緑もある。

どれか一色を追い出すのではなく、
違う色まで一緒にある。

そら音処の合言葉、

「誰も何も小さくしない」

にも、
どこかつながっている気がします。

そら音処が貸しているもの

そら音処が貸しているレンズは、
「これが正しい見方です」
と教えるためのものではなくって。

あなたが今まで使ってきたレンズを、
「それは間違っています」
と外すためのものでもなくって。

ただ、

「こんなレンズもありますよ。
ちょっと、これでも見てみます?」

と、一枚貸す。

そのレンズから見たときに、
「あ、そうか。」
が起きることがある。

そして、
また自分の現実へ戻っていく。

いつか、
そら音処のレンズがなくても、

「今、私はどんなレンズで見てるんだろう?」
「ほかの見方はないかな?」
と、自分で見られるようになっていく。

そうやって、

自分の「やりたい」を、
自分で現実の中へ動かしていく。

そのために、
そら音処は、

ちょっと変わったレンズを貸しています。

心のことを、難しいままにしない。
やさしく、おもしろく、日常へ。